自己啓発

【死生観】死を意識すると変化する人生観~体験談~

みなさんはこれまでに「人生観が変わった」という出来事がありましたか?

代表的な例を挙げると、「病気」「死」「結婚」「出産」といった人生の節目や転機となる出来事が起こると、意識が変化するようです。

読者の方
読者の方
実際そんなに価値観が変わるの?
読者の方
読者の方
自分は価値観が変わった経験があるけど、他の人はどう感じているんだろう?

このようなご意見があると思います。

そこで今回は「死」と「病気」に関して、私の人生観が変わった出来事と感じたことをご紹介します。

先に申し伝えておくと、この記事は「病気を抱えながら人生を歩もうとしている人」に向けて書いています。

いつもの当ブログの自己啓発系記事とは趣旨が異なるので、「ちょっといつもと違うな」と思った方はここで読むのをやめていただいた方がよいかもしれません。

あくまでこの記事の内容は私の体験に基づいており、一般論ではありません。

医療は日々進化しており、私が手術を受けた10年以上前と現在では治療内容・水準が異なります。

製薬会社で勤務している関係上、特定の治療薬や治療方法は敢えて出さないようにしていますので、この点はご了承ください。

私の経験した人生の節目

私は心臓病を抱えながら人生を歩んでいます。

進学・就職・結婚・子供の誕生といった人生の節目を経験をする度に価値観は変化していますが、私の人生観に最も影響を与えたのは「病気」です。

なぜかと言うと、全ての人に訪れる「死」をより身近に感じたことに加えて、「健康な期間はいつまでも続かない」と意識せざるを得なくなったからです。

読者の方
読者の方
幼い頃からずっと意識していたの?

こう思われるかもしれませんが、そうではありません。

「死」を感じたのは手術を受ける前で、健康な期間がいつまでも続かないと意識したのは再手術の足音が近くに迫ってきた時期からです。

私の場合、学生時代に1度大きな手術を受けていますが、手術前後の期間を除けば生活を大きく制限されたことはありませんでした。

ですので、診断される前は健康そのものだと思っていましたし、診断後も自覚症状がなかったことが影響して心理的な不安感や不自由さを意識したことはありませんでした。

意外に感じるかもしれませんが、身の危険が迫る実感がないと意識は薄れがちになるのかもしれませんね。

そんな中、私が経験した価値観を変えた出来事を3つご紹介します。

①自分と同じ疾患で亡くなられた人が身近にいたこと

小学生の時から現在も交友関係が続いている友人がいます。

その友人の父親は、偶然にも私と同じ疾患を患っていました。

病状が安定せず入退院を繰り返している話を聞いて、当時の私は「自分も将来はこういう状況になるのかもしれないな」と子供ながらに不安を抱いたことを今でも覚えています。

そして、偶然にも私が手術を受ける約3ヵ月前に他界されました。

人生で最初に「死」を意識したのはこの時です。

それまでは病気のことをあまり気にせず「結局何とかなるだろう」という意識で生活していました。

ところが、「何とかならないこともある」という事実を突きつけられた気がして、とても他人事とは思えませんでした。

②同じ病室の人が亡くなられたこと

私が心臓の手術を受ける時、入院した部屋は1つの広い病室に複数人のベットが入っているタイプの部屋でした。

ただ、偶然ベットに余裕があり、私より少し年齢が若い少年との相部屋状態でした。

私と少年の年代は大きく離れていなかったこともあり母親同士が仲良くなり、お互いの子供の病気に関する会話が交わされていました。

話を聞く限り、どうやら彼は様々な病院で手術を受けても状態が思わしくなく、治療の選択肢が限られてきた中で私と同じ大学病院に入院して次の手術を控えているようでした。

手術を控えて不安な気持ちが仲間意識を持ったことは言うまでもありません。

そんな日の深夜、私が眠っていると、急に向かいのベットから慌ただしい雰囲気を感じて目が覚めました。

嫌な予感がしましたが、余計なことは考えたくなかったのでカーテンの隙間から覗くことはできませんでした。

翌朝、ベットを見ると荷物はそのままでしたが、彼は不在でした。

そして、その日のうちに悲痛な顔をした彼の母親が荷物を整理した後、病室でテレビを見るために必要なプリペイドカードを手に私のところへ訪れました。

「もうこのカードは必要なくなったので、よかったら使ってください。お世話になりました。手術・・・頑張ってね。」

この言葉で、何が起こったのかを悟りました。

自分の手術を直前に控え、私が「死」を意識した2回目の瞬間であり、人生観に大きな影響を与える出来事でした。

その時のプリペイドカードは、拒否することもできず、使うこともできず、破棄することもできませんでした。

③再手術が近づいてきたこと

①と②では「死」を意識した時の経験でしたが、ここでは「健康な期間はいつまでも続かない」と再認識した時の経験をご紹介します。

私は無事手術が終わり、医療従事者の皆さんや家族に支えられ、術後もこれまでと変わらない日々を10年以上過ごすことができています。

どこかのタイミングで「再手術が必要になる」ということを主治医からは事前に説明を受けていますので、今の経過は幸運だと思っています。

不思議なもので、平穏な日々が長く続くと「何もないことが当たり前」という感覚になり、今の状態が未来永劫続いていくような錯覚に陥っていきます。

読者の方
読者の方
①や②を経験しておいて、そんな感覚にならないでしょ?

こう思うかもしれませんが、平穏な時間が徐々に感覚を麻痺させるのかもしれません。

「意外とこのまま何もなく過ごせるのではないだろうか?」と淡い期待を抱くようになっていくのです。

しかし、現実はそんなに甘くありません。

少しずつ、少しずつ、数値が悪化していくにつれて「何もない日々は当たり前ではない」と再認識するようになりました。

「健康な期間はいつまでも続かない」

「今しかできないことは後悔しないようにやってみる」

現実を再認識するにつれて、この2つの言葉が理解できるようになりました。

これらの経験から何を学んだか?

先ほどご紹介した経験から、私が学んだことは以下の3つです。

  • 不幸な出来事は決して悪い側面ばかりではない
  • 本当に大切なことに時間を使う
  • 不測の事態への備えは重要

それぞれ解説していきます。

不幸な出来事は決して悪い側面ばかりではない

病気などネガティブな出来事を経験すると「何で自分だけこんな思いをしないといけないのか」と思う瞬間があります。

一時的にそのような感情を抱くことは、決して悪いことではないと思いますし、私も同じでした。

ただ、大切なのは「どうすればこの出来事を少しでもプラスに変えることができるのか?」と前を向いて一歩踏み出すことだと私は感じています。

なぜなら「起こってしまったこと」は変えることができない事実ですが、それを「悲劇の出来事」になるか、「結果的に良かったと思える出来事」になるかは、自分の捉え方と行動次第で変えることができるからです。

私の心臓病という事実は変えることができませんが、心臓病を患っているからこそできるチャンスは探せば必ずあるはずなのです。

このように思ったきっかけとして、私の就職の話をしてみます。

私は、医学・薬学に無縁の典型的な文系の学生でした。

就職活動では、前述した手術経験から医療への感謝の気持ちが強かったので、文系出身でも医療に関連する仕事をしたいなと思い、製薬会社に応募しました。

結果的に今こうしてMRとして仕事ができているのは、面接で自身のリアルな経験を語れたことが文系でも内定を得ることできたと思いますし、もしあの経験がなければ違う結果になっていたでしょう。

就職後も、自分自身が患者であるという意識が「患者視点」の仕事をすることに活かされています。

また、仕事のつながりから妻とも知り合うことができて今の生活があるので、振り返ってみると「結果的に病気は悪いことばかりではなかった」と思っています。

このように「心臓病」を抱えていたことが決してマイナスの側面ばかりではなかったのだと気付けたことは、私の人生にとって大きな希望になりました。

もっと言うと、この記事も病気の経験がなければ書くことができませんでしたので、もしどこかで誰かの役に立っていたら、尚更「病気の経験があって良かった」と思える日が来るのかもしれませんね。

本当に大切なことに時間を使う

「死」や「健康な期間はいつまでも続かない」という現実を考えた時に、私はこれまで浪費した時間を後悔するとともに、「自分にとって本当に大切なことに時間を使いたい」と考えるようになりました。

そこで、私にとって大切なことは何だろうか?と考えた時に、以下の2つが思い浮かびました。

家族との時間
これまで仕事を優先して家族が疎かになっていた行動を見直し、キャリア形成も「出世思考」から「パートナーと共に歩む」という思考に変化しました。
存在価値
せっかく元気に生きているうちは自分が存在する価値を残したいし、どうせ残すなら誰かの役に立てた方が嬉しいなと思い、このブログを始めてみました。

「本当に大切なこと」は、その人の価値観次第で答えは多岐に渡ると思います。

もし考えるヒントが欲しい方は、この話を参考に考えてみてはいかがでしょうか?

 

時間管理の専門家が、あるグループのために講演をしました。彼は4リットルも入る大きな壺をテーブルに置きました。そして、こぶし大の石を十数個用意し、1個ずつ、丁寧に壺に入れていきました。石が壺の口のところまできて、これ以上入らなくなったところで、こう質問しました。「壺はもういっぱいですか?」

全員が「いっぱいです」と答えました。

次に彼は、テーブルの下から、小石をたくさん入れたバケツを取り出しました。そして小石を何個か壺に入れて、揺すりました。すると、すきまが詰まって、石が壺のなかにおさまりました。そこで彼は、もう一度尋ねました。「壺はもういっぱいですか?」

今度は、ちょっと首をかしげる人もいました。

すると彼は「それでは」といって、テーブルの下から、今度は砂の入ったバケツを取り出し、砂を壺のなかにそそぎ入れました。そしてもう一度、同じ質問をしました。「壺はもういっぱいですか?」

みんな黙っています。

すると彼は、今度は水差しを取り出して、例の壺がいっぱいになるまで水をそそぎ入れました。そして一同を眺めわたして、こう尋ねました。「この実験の意味はなんだと思いますか?」

頭のいい若者が答えました。「どんなにスケジュールがいっぱいでも、よく考えれば、もっと仕事を詰めこむことができるということです」

「違います」講師は笑顔で答えました。「そう答える方が多いのですが、わたしがいいたいのはそういうことではありません。この実験からいえるのは、大きな石は最初に入れないと、永遠に入らなくなるということなんです。」

さて、みなさんの人生の「大きな石」はなんでしょうか。家族との時間、将来の夢、健康、それとも志でしょうか。最初にそれを入れないと、それは永遠に入らなくなるのです。

引用:ザ・ビジョン[新版]

不測の事態への備えは重要

不測の事態は突然やってきますので、何かあった時の備えは早めにする方が良いと思います。

私の場合は「保険」「貯蓄」「投資」など、自分に不測の事態が起こる前提で、残された家族が困らないように様々な対策を行っています。

人生設計や生活水準によって必要な備えは変わってきますので、「これくらいやれば大丈夫」という一律の基準を示すことは難しいですが、少なくとも何らかの備えはしておくべきでしょう。

日本は社会保障が整備されている国ではありますが、自分で調べて申請しないとサービスを受けることができません。

これは、保険や投資も同様で、制度は用意されていますが、どのように使うかは個人に委ねられています。

ですので、まずは選択肢を知り、自分に必要な備えをするということはとても大切だと思います。

(もし私の内容が気になる方は、ブログで全て紹介していますので、参考にしていただけると嬉しいです。)

まとめ

今回は、私が病気をきっかけに人生観が変わったエピソードをご紹介しました。

記事の中では明るく書いていますが、節目では悩み・苦しみ・悲観といった負の感情を経験してきましたので、決して前を向くことが簡単だとは思いません。

ただ、この記事を通じて「こういう捉え方もあるんだな」と少しでも前向きに感じていただけたら嬉しいです。

不幸な出来事は決して悪い側面ばかりではない

● 本当に大切なことに時間を使う

● 不測の事態への備えは重要

本日も最後までご覧いただきありがとうございました!

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